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盛岡地方裁判所 昭和37年(ワ)259号 判決 1968年5月09日

原告 国

訴訟代理人 光広龍夫 外五名

被告 株式会社岩手日報社 外一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

1、被告株式会社岩手日報社は、原告に対し金八四七万〇二九四円およびこれに対する昭和三七年七月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2、被告社団法人共同通信社は、原告に対し金四〇万円およびこれに対する昭和三七年七月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求める。

二、被告ら

主文同旨の判決を求める。

第二、請求の原因

一、盛岡市内丸六一番地所在木造豆砂利コンクリート塗スレート葺二階建一棟建坪一六五坪延三二一坪は、訴外岩手県所管にかかるものであつたが、そのうち、二階中央の事務室とこれに隣接する東側の部分は同県厚生部保険課が使用し、その余の部分は、被告株式会社岩手日報社(以下「岩手日報」という」が同県から借り受け、同被告は、そのうち、階下の一室を被告社団法人共同通信社(以下「共同通信」という)に転貸し、それぞれ使用していた。

しかるところ、右建物は、昭和三六年三月三一日午前零時頃、その内部から出火した火災により焼失した。

二、その結果、右同夜、右保険課事務室において宿直勧務に従事していた同課の職員(地方自治法付則第八条による国家公務員)である訴外菊池英二、高橋弘明は、重過失失火罪により盛岡地方裁判所に公訴を提起され、昭和三六年七月三一日同裁判所で同罪の有罪判決の言渡を受けた。公訴事実の要旨は、「菊池英二、高橋弘明の両名は、保険課事務室において宿直勤務中、昭和三六年三月三〇町午後八時三〇分頃、右事務室に置かれた薪ストーブの上に焚付用小割薪十数本を井桁状に積み重ね、更に右ストーブ底辺とストーブ台との間付近にも小割薪二、三〇本を並べて乾燥中、同日午後一一時二〇分頃外出してストーブの監視を怠つたため翌三一日午前零時頃右ストーブ内の火力によつて右小割薪が発火し、付近の床板に燃え移つて本件建物を焼燬させた。」というものであつた。

三、ところで、右刑事事件の控訴審係属中である昭和三七年二月二一日、東京簡易裁判所において、原告と被告らとの間に、

1、原告は右火災による損害金として、被告岩手日報に対し、金八四七万〇二九四円を、被告共同通信社に対し金四〇万円をそれぞれ支払う。

2、もし右刑事事件につき無罪又は重過失がない旨の判決が確定したときは、原告は被告らに対し右金員の返還請求権を有する。ただし、民事訴訟で重過失がある旨の判決が確定したときは、右返還請求権はないものとする。との調停が成立した。

右調停は、前記刑事事件の有罪判決を前提として、原告が被告らに対して負担すべき損害賠償債務の一切を解決する趣旨でなされたものであり、刑事事件の一審有罪判決が破棄され、無罪又は重過失がない旨の判決が確定したときは、民事訴訟で右菊池、高橋両名の重過失の有無のみに従つて原告の右支払金の返還請求権の成否を決し、反対債権の成立及びそれとの相殺の余地を残さない約旨である。

原告は、右調停の趣旨に基き、同年三月三一日被告岩手日報に金八四七〇二九四円を、同年同月三〇日被告共同通信に金四〇万円をそれぞれ交付した。

四、1、しかるに、右刑事事件につき、仙台高等裁判所は昭和三七年七月六日第一審判決を破棄し、右訴外両名に対し無罪の判決を言い渡し、同月二〇日右判決は確定した。

2、本件火災は前記菊池、高橋両名の重過失によるものではない。

五、したがつて、被告らは右調停条項に基き原告に対し前記各金員を返還すべきである。よつて、原告は昭和三七年七月二一日被告岩手日報に対し、同月二三日被告共同通信に対し、それぞれ前記各金員の返還を求めた。

六、よつて、原告は被告らに対し、請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

第三被告らの答弁

一、認否

請求の原因第一、二項の事実は認める。

同第三項の事実中、原告と被告らとの間に、原告主張のような調停が成立し、原告が、その主張のとおり被告らに金員を支払つたことは認める。ただし、右調停が原告主張のような趣旨、約旨でなされたことは否認する。

同第四項中、1は認め、2は否認する。

同第五項は争う、

二、被告らの主張

1、本件火災は菊池、高橋の両名の重過失によるものである。すなわち、右両名は、昭和三六年三月三〇日午後五時頃から本件建物内の保険課事務室で宿直勤務中、同夜八時三〇分頃右事務室中央部に設置された大型薪ストーブの火力を利用して、たきつけ用の小割薪を乾燥させるため右ストーブ上に長さ三〇センチメートル位、太さ二、三センチメートル四方の小割薪十数本を井桁状四、五段に積み重ね、さらに右ストーブ底辺とストーブ台との間付近に前同様の小割薪二、三〇本をならべた上、右ストーブ内で、薪を燃し続けたが、かかる場合そのまま放置すればストーブの火力により小割薪が発火しその周囲の床板に燃え移つて火災が発生する危険が十分予想できたにもかかわらず、不注意にも同夜午後一一時二〇分頃、同室が無人の状態となることを知りながら飲酒のため連れだつて外出し、ストーブ等を放置してその監視を全く怠つた過失により翌三一日午前零時頃、ストーブの火力により前記小割薪が発火し、付近の床板に燃え移つた結果、事務室および隣室ならびに階下の被告岩手日報、同共同通信の営業所および備品、什器、機械器具等を焼燬せしめた。

右のように菊池、高橋両名に重過失があるから、被告らには原告主張の支払金の返還義務はない。

2、被告らが使用していた各室には、出火の原因となるべきものは存しない。

(一) 被告らは、電気設備等については、昭和三四年頃から火災直前まで諸施設のため特に厳重な検査を受け万遣漏なきを期した。

(二) ストーブの煙突掃除は隔週位毎に行なつていた。

(三)被告岩手日報は、毎日数回にわたり定刻にタイムレコーダーを所持する守衛を巡回せしめた。当夜も守衛中村与三郎、野村権次郎をして巡回せしめ、宿直員千葉喜秋、山崎光蔵を宿直せしめた。同時刻にはなお編集業務があり向井田、高泉両記者がいて階下編集室および玄関脇の受付の室の二ケ所のストーブが焚かれて居たが、編集室には前記四名が、また、受付室には前記の守衛二人が居り、他の個所には全く火気がなかつた。

右のとおり、階上の被告岩手日報使用の各室には全く火気はなく、階下の火気のある個所には数名の者が在室したので、若し右各室から出火したとすれば火災等は直ちに発見できる状態にあつた。

(四) 被告共同通信盛岡支局においても電気設備は被告岩手日報と同様検査を厳重にして事故予防に万全を期し、宿直を置いた。

3、仮りに被告らに返還義務があるとすれば、次のように主張する。

本件火災により被告岩手日報は金八四七万〇二九四円の被告共同通信は四〇万円の各損害を蒙つた。この損害は、仮に訴外菊池、高橋に重過失失火責任がないとしても、原告の保険業務を行なう事務室およびこれに設置されたストーブの全体としての管理に瑕疵があつたことによつて生じたものであるから、被告らは原告に対し国家賠償法第二条により、前記損害の賠償請求権を有する。よつて、被告らは右損害賠償請求権をもつて原告の本訴債権と本訴において対当額で相殺の意思表示をする。

第四証拠<省略>

理由

一、請求の原因第一、二項の事実全部、同第三項中、原告主張の日時に東京簡易裁判所で原告と被告らとの間に原告主張のような内容の調停が成立したこと(右調停の趣旨、約旨に関する原告の主張を除く)、原告がその主張のように被告らに金員支払をしたこと並びに同第四項1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、本件における争点は、本件火災につき菊池、高橋両名に重過失があるか否かの点であるから、以下この点について判断する。

1、出火の原因

(一)  <証拠省略>を総合すると、本件建物二階は、北西側の五室を被告岩手日報が医務室、交換室等に使用し、同二階のその余の部分を岩手県厚生部保険課が事務室、宿直室、応接室等に使用していたものであるが、本件火災は、昭和三六年三月三一日午前零時頃右保険課事務室内から出火したものであることを認めることができる。

(二)  <証拠省略>を総合すると、次のように認められる。

菊池、高橋両名は、昭和三六年三月三〇日午後五時頃から保険課事務室で宿直勤務についたが、このときは、まだ同課職員である山本一広、和川時章ほか三名が同事務室で残業をして居り、山本、和川を除く三名は同日午後八時三〇分頃退庁した。当時右事務室には全部で四個の薪ストーブが置かれていたが、(同事務室の広さは縦約一五米、横約二二・七米である)、中央のストーブを最後まで燃やした。すなわち、同日午後八時三〇分頃、菊池、高橋両名で、薪二、三本が燃えている中央ストーブに同事務室内の他のストーブから十能で二杯のおきと、火のついている薪三本を移し、さらに中央ストーブに新しい薪を二、三本補充した。(これで、中央ストーブ以外のストーブには火気はなくなつた。)。当時保険課で使用したストーブ用の薪は、直経約一五センチメートル、長さ三、四〇センチメートルの雑木で、乾燥が悪く、したがつて火付もよくないので宿直当番の者がこれを小割にしてストーブの上又は周辺で乾燥させ、翌朝のたきつけに使う習慣になつていた。それで当夜も菊池は、同日午後八時三〇分頃直経二ないし五センチメートル、長さ三、四〇センチメートルに小割にした薪を、燃えている中央ストーブの上に井桁状に組んで各段数本にして五、六段積み重ね、さらにストーブ台の煙突寄りの辺りにも二〇本ないし三〇本寄りかけておいた。同夜午後九時三〇分頃の気温は摂氏〇・九度、同一〇時は〇・六度でかなり冷えていたが、前記山本は、中央ストーブから少し離れた会計係の席で残業していたが、全然寒さを感じないまま同日午後一〇時ごろまで執務し、和川とともに、その頃退庁した。(したがつて、右事務室の前記広さから考えて、右一〇時頃まで中央ストーブはかなりよく燃えていたものであり、その頃まで、薪を適宜補充していたと認められる。

山本、和川の退庁後、高橋が付近の商店からビールを買つてきて、菊池、高橋両名は中央ストーブの側でビールを飲み、同一〇時五〇分頃事務室を引き揚げて隣接の宿直室に入つたのであるが、菊池は、ビールを飲んでいる間、太い薪数本を中央ストーブに補充し、宿直室に入る直前に、中央ストーブの中の燃えないで黒くなつている薪数本を奥の方に押しやつて宿直室に入つた。なお、ビールを飲んでいた頃、中央ストーブ上板上に置かれた小割薪の下の方は、ストーブの火力のため焦げて茶色に変色していた。右両名は、宿直室に入つてから間もなく、同僚から電話で誘われたので、中央ストーブ上板上に前記のように小割薪を積んだまま放置し、同一一時二〇分頃飲酒のため両名連れ立つて外出してしまつた。

右のように認めることができ、前掲証拠中右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  本件火災は、前記(一)認定のように、三一日午前零時頃(菊池、高橋両名は右(二)認定のように飲酒のため外出して不在中)保険課事務室内から出火したものである。そして、本件全証拠を精査しても、保険課事務室内において、中央ストーブ以外に出火の可能性は全然認められない。この問題の中央ストーブには、菊池、高橋両名が宿直室に入つた午後一〇時五〇分頃には、薪が燃えたあとのおきと燃えないで黒くなつている薪数本とが残つており、ストーブ上板上には、午後八時三〇分頃井桁状に五、六段積み重ねられ、ストーブの火力により乾燥し下の方が焦げて茶色に変色した小割薪があつたのである。

そこで問題は、中央ストーブ上板上の小割薪からの出火の可能性であるが、鑑定人木村金造の鑑定の結果によれば、前記認定の場合とほぼ同じ条件の場合、すなわち、薪ストーブ上板上に直経二、三センチメートル、長さ、三、四〇センチメートルの小割薪を最下段を二本又は四本とし二段目は四本として五、六段積み上げ、さらに薪三本が燃えている当該ストーブにおきを十能に二杯と、火のついている薪三本と新らしい薪三本とを補充し、その後時々薪を補充した場合は、最下段の小割薪が二本の場合でも、四本の場合でも、小割薪に発焔着火する相当の可能性があることが認められる。もつとも、刑事控訴審における鑑定の結果(申第三号証)は、小割薪からの出火の可能性を否定するけれども、右鑑定は、その前提条件(最下段の小割薪の本数、午後一〇時頃以降におけるストーブ内の薪の補充の有無)において当裁判所の前記認定と異なるものであるから、これを採用できない。

そして、右木村鑑定人の鑑定の結果によれば、ストーブに入れた薪がよく燃え出すまでには、生薪の場合三〇分ないし四〇分、半生薪の場合これより多少短い時間を要することが認められ、<証拠省略>によると、中央ストーブ周辺が最もひどく燃えて床板が燃け落ちていることが認められるから、これらの点と、前記の一〇時五〇分頃のストーブ内の状況(おきと燃えずに黒くなつた薪数本があつたこと)、その上の小割薪の状況(火力で乾燥し、下の方は焦げて茶色になつていた)、中央ストーブ以外に出火の可能性は認められないこと、中央ストーブ上板上の小割薪に発焔着火の相当の可能性が認められること等から考えて、菊池、高橋両名が宿直室に入つた後又は外出した後に、中央ストーブ内の薪が勢よく燃え出し、これによつてストーブ上の小割薪が三一日午前零時近くに発焔着火して燃焼し、付近の床板に燃え移り、これが本件火災の頃因になつたものと認めるべきである。

<証拠省略>によれば、中央ストーブの周辺が最もひどく燃えており、床板が焼失して穴が開いているが、ほかに、中央ストーブの南西にある他のストーブの周辺(国保係)の床板もこれとほぼ匹敵する程度に燃え、床板に穴が開いていることが認められるけれども、これを以て中央ストーブ周辺の床板を発火地点と認めることの妨げとならない。何故なら<証拠省略>のうち立会人出村澄雄の指示説明部分によれば、保険課事務室内の床板は、大部分補強されて二重になつていたが、国保係の机のあつた一隅は、この補強から洩れていたこと、したがつて、そこだけ上からの重さに弱かつたことが認められ、さらに<証拠省略>によると、右国保係付近の床板の穴の周縁には、まだ変化しない焦茶色の板が板のまま折れまがつていて、右落下部分は、炭化が進んで床板が自然落下したものではなく、屋根や柱が焼け落ちた際その重さによつて落下したものと認められるからである。だから、国保係付近の床板の焼失の程度は、中央ストーブ付近と同じ程度ではなかつたというべきである。

また、<証拠省略>によると、小割薪が発焔着火する直前頃には発煙がはげしいことが認められ、<証拠省略>によると、菊池、高橋両名は、事務室にいるときも、外出するときも、小割薪からの発煙を見ていないということであるけれども、小割薪の発焔着火は前認定のとおり右両名の外出後四〇分近く後そあるから外出の時にはまだはげしい発煙がなかつたと考えられる上、<証拠省略>によると、外出の頃事務室は消灯されていたと認められるので、仮りに若干の発煙があつたとしても、右両名はこれに気がつかなかつたものと認めるべきである。したがつて、右両名が外出の際発煙を見ていないとしても、この点は小割薪からの発火を否定する理由とはならない。

2、重過失について

以上認定の事実関係においては、菊池、高橋両名が前認定の状態にあつた中央ストーブを放置すれば、右ストーブの火力によりその上板上の小割薪が発火し、燃焼した小割薪が周辺の床板の上に落下して燃え移り、火災が発生する危険が極めて大であり(かつ、これを容易に認識し得べき状態にあつたと認めるべきであるから、右両名はストーブ上の小割薪を取り除いて火災の発生を未然に防止すべき注意義務があつたものといわねばならない。しかるに、右両名は不注意にもこれを怠り、同日午後一一時二〇分頃同僚の誘いを受けるやこれに応じ、同室が無人となることを知りつつ外出し、ストーブの監視を怠つたため、前認定のとおり本件火災を発生せしめるに至つたものであり、その過失は重大というべきである。

三、そうすると、本件火災は菊池、高橋両名の重過失によるものであるから、右両名に重過失がないことを理由とする原告の本訴請求は、その前提を欠き失当というべきである。

よつて、頃告の請求を棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川良雄 田辺康次 田口祐三)

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